海外赴任が決まり、「英語が話せないのに本当に大丈夫だろうか」と不安になっている方へ。
私は英語力ゼロのまま、夫の海外赴任に帯同し、アメリカへ引っ越しました。
海外に強い恐怖心を持ち、英語を避けてきた私が、海外へ引っ越すなんて思ってもいませんでした。
今振り返っても、あの頃の私はずっと恐怖心を抱えたままでした。
でも同時に、そんな私でも約11年間という年月をアメリカで暮らしたという事実もあります。
この記事は解決法を書くものではありませんが、
「こんな人もいるんだ」と、不安に思っている方の安心材料になれば嬉しいです。
海外赴任が決まったとき、まだ恐怖心はなかった
現実味がなさすぎて他人事のよう
海外への引っ越しが決まった時、正直現実味はなく、どこか他人事のようで
「本当に自分が海外に住むのだろうか?」という感覚でした。
「アメリカに引っ越す」という事実が、まるで誰か他人の人生の出来事のように感じられて、
英語が話せないことも、海外で生活することも、すべてが現実味がありませんでした。
渡航準備が進み、周囲からは「大丈夫?」「本当に引っ越しちゃうの?」と声をかけられましたが、
私にはまだ他人事のようで、受け止める準備ができていなかったのだと思います。
I,My,Meから始まった英会話

渡航までの半年、当時流行っていたスピードラーニングを始め、英会話教室にも通いました。
でも、私のレベルは本当にゼロ。
I、My、Me から始まる、当時の中学1年生の最初の授業のような内容でした。
レッスンを重ねるも、あまりにもできない英語に、小さい子用の「曜日の歌」を歌うことになる始末。
「本当に大丈夫なんだろうか」
そう思いながらも、それでもまだどこか他人事のような感覚でした。
半年後には渡米予定。
それなのに、外国人の先生とレッスンするのが怖くて、日本人の先生に変えてもらっていました。
結局引っ越しの期日が迫り、最後まで日本人の先生のみでレッスンを終えることになったのですが、
その時点では、この恐怖心が後にどの程度のものになるのか、全く想像していませんでした。
渡米数日前に妊娠が発覚
でもパニックではなかった
渡米予定日の数日前、体調の優れなかった私が手にしたのは妊娠検査薬。
そのタイミングで妊娠が発覚し、頭の中は真っ白に。数秒の間、自分が何を見ているのか理解できませんでした。
引っ越しの準備は完了し、飛行機のチケットは予約済み。
数日後には飛行機に乗って未知の土地へ越す予定なのに、そこへさらに未知の世界がやってきました。
驚くべきことに、その直後、私はパニックにはなりませんでした。むしろ、頭が真っ白だからこそ、次の行動に迷わなかったのだと思います。
どうしよう。けど行くしかない。
その言葉のみでした。
正常な判断能力を失った状態だったから、判断に迷わず、ただ決められた行動を取っていた状態でした。
後から考えると、この「パニックではなかった」というのは、事態の深刻さを理解していなかった証拠だったのかもしれません。
空港でも旅行のような気持ち
こうして予定通り、飛行機に乗り渡米する日になり、友人からは沢山の励ましの言葉をもらいました。
空港についても、ただ旅行に行くかのような気分で。
自分が引っ越すことも、妊娠しているかもしれないことも、まだ他人事のように感じていました。
1,2年で帰ってくるし。そう思っていました。
この日から11年近くアメリカに住むことになるとも知らないで。
本当の怖さは、病院の待合室でやってきた

自分の英語力の無さを実感し、本当に海外にいることを実感した瞬間でした
書類が読めない
渡米から2週間。産婦人科での初めての予約日。アメリカの病院初体験です。
初診ということもありスタッフから書類の記入を求められます。
しかしその書類を、私は名前の欄しか書くことができませんでした。
実を言うと、夫に聞かなければ名前の欄さえもわかりませんでした。書けるところを書こうとするも、ペンを握ったまま、手が止まりました。
本当になんて書いてあるのかわからず、調べようにも携帯もWi-Fiが無ければ使えなかったため、調べることもできない。
後から来た人たちは次々診察室に入り、帰っていきました。
何もできない自分
その瞬間、自分の無力さが襲ってきました。
書類どころか、一文すらまともに読めない。
自分のことなのに何一つすることのできない自分がすごくみじめで、情けなくて、そして心細くて。
半泣きのまま、夫が来るのを待つことしかできませんでした。
本当にこんな状態で、自分に子供を無事に産み、育てることができるのか。
初めて「私は海外にいるんだ」「本当に怖い」という感情が、心の奥底から湧き出してきた瞬間でした。
アメリカの妊婦検診や産婦人科についての詳しい記事は後日書いていきたいと思っています。
何もできない日々

一人では何もできない自分への劣等感と孤独・体調と気持ちとの戦いの日々でした。
一人で外に出られない
日本から国際運転免許証を取得して来ていたものの、
住んでいた州の決まりで国際運転免許証は居住後10日間しか有効ではないことを知り、早急に免許取得に取り組み始めました。
住んでいた地域では一人で外を出歩くのは危険だと言われていたこともあり、外へ一人で出ることはありませんでしたし、
地域に関わらず、どこへ行くにも車が無ければ移動ができませんでした。
つわりで動けない
時期を同じくしてつわりが始まり、
初めての妊娠だった私は、つわりがあんなにも辛いものとは想像していませんでした。
つわりは人それぞれではありますが、朝起きた瞬間から気持ちが悪く、まっすぐ立っていることもできない。
売っている野菜やフルーツの農薬もとても気になったし、匂いでご飯をまともに作ることもできませんでした。
つわりも相まって、渡米後の半年程は家に籠る生活になっていました。
一人では何もできない劣等感と孤独感
免許もない
運転もできない
夫がいなければ外に出ることもできない。
出られたからと言って、外は怖く、書いてあることもわからず一人で買い物することもできない。
自分でどこかに電話することも、誰かに話すこともできない。
友人もいない。コミュニティもない。
つわりで家事もまともにできない。
ただ一人家で泣きながらつわりで吐く。
そんな日々で、何もできない自分への劣等感と罪悪感。そして孤独感。
「私、何でここにいるんだろう」
そんな気持ちでいっぱいの日々でした。
それでも生活は続いていく

ただただ恐怖を感じてしまい、作り笑いでその場を過ごした。
試練は続いた
- 初めて自分で注文をしたとき
- 英語だらけの飲み会や、アメリカ人グループとのプチ旅行
- 日々の買い物
- 妊婦検診
- 免許取得
全てのこと、全てのものが初めてでわからなくて。
英語が理解できていたら、全てがとても新鮮で楽しいものだったでしょう。
ですが、当時の私にとっては初めての妊娠に重ねて、避けていた英語や海外での暮らし。
楽しめたかと聞かれたら、正直、怖かった記憶のほうが強いです。
つわりで遅れていた免許取得は、出産1か月前にぎりぎり取得することができましたが、かなりの葛藤の末、泣きながらの免許取得となりました。
この出来事が私を成長させる一つの要因となったのですが、なかなかの反面教師になるのではないかと思います。
免許取得に関しても後日記事にまとめていきたいと思っています。
何年も怖いままだった
海外に引越しとなると、よく英語も生活も「住んでいたら慣れますよ」と言われると思います。
でも私は、慣れることはありませんでした。妊娠していたことも大きかったと思います。
怖さは消えないどころか、日に日に怖さは増していきました。
ただ、強くならないといけない。そう思って過ごしていました。
私を吹っ切らせた、ある出来事
大抵の人は新しい土地に1,2年も住めば慣れてくるものだと思います。
ですが私は慣れることはなく、最初の1年は1人で外に出ることはほぼありませんでした。
免許を取得し、出産をし、子供が生まれたことで必然的に外へと出ていくのですが、
英語を話せるようになることはなく、話せなくてもいいと吹っ切れたのは渡米5年目のことでした。
5年というと駐在の方は日本へもう帰国している期間です。
1,2年と思っていたのになぜそんな期間滞在することになったのか、
私を吹っ切らせた出来事は別の話になりますが、とても大きな出来事で、その話もまた別の記事で書こうと思います。
いま海外に行くことになって不安な人へ
もし、あなたが今、不安で怖くて、動けなくなっているなら。
もし、英語が話せないまま海外に行くことになって、不安や恐怖を感じているなら。
たまにこの記事を読んでみてください。
私も同じでした。
何年も怖いままでした。
英語が話せなくても
ずっと怖くても
すぐに慣れなくても
こんな人もいます。
ゆっくりでいいんです。自分のペースで良いんです。
話せた方が絶対に楽しくなるとは思います。
この記事を読み、せっかく海外に住んだのに勿体ないな。と感じた方は反面教師にしてくださっても良いですし、
不安に思う方は、こんな人もいるんだと、安心材料になったら嬉しいです。